今振り返る北京五輪4×100mリレー銀メダル
先日北京五輪の4×100mリレーで日本チームがジャマイカチームのドーピングにより銅メダルから銀メダルに繰り上がった。
10年の月日を経て順位が一つ繰り上がったこのリレー。
もう当時の記憶が薄れている方も多いかもしれない。
しかし当時の銅メダル(現銀メダル)は日本陸上界にとって歴史的な快挙であった。
そこで当時の快挙を順位が繰り上がって話題になったこのタイミングで改めて振り返ってみたい。
世界大会で決勝の常連になった日本チーム
日本は今でこそリレーでメダルを取ることは現実的な目標となっている。
しかし北京五輪までは決勝の常連ではあるけれど、どうしてもメダルには手が届かないというようなチームだった。
日本チームが決勝の常連になったのは2000年代に入ってから。
2000年のシドニー五輪で小島茂之、伊東浩司、末續慎吾、朝原宣治という4人で6位に入る(38秒66)。
2001年のエドモントン世界陸上では松田亮、末続慎吾、藤本俊之、朝原宣治で4位(38秒96)。
2003年の世界陸上パリ大会では土江寛裕、宮崎久、松田亮、朝原宣治で6位(39秒95)。
2004年のアテネ五輪では土江寛裕、末續慎吾、高平慎士、朝原宣治で4位(38秒49)。
2005年の世界陸上ヘルシンキでは末續慎吾、高平慎士、吉野達郎、朝原宣治で8位(38秒77)。
とどうしてもメダルには手が届かない時期が続いていた。
この時の日本にとってリレーでのメダル獲得はまさに悲願だったのだ。
壁をこじ開け始めた2007年世界陸上大阪大会
ターニングポイントとなったのが2007年の地元開催となった世界陸上大阪大会。
この時の日本は塚原直貴、末續慎吾、高平慎士、朝原宣治という翌年の北京五輪でメダルを獲得することとなる当時史上最強と言われたメンバーを揃えた。
地元開催で悲願のメダルを!と期待されていたが、結果は5位。
しかしタイムは当時のアジア新記録となる38秒03を叩き出した。
タイムを見るだけでもそれ以前の大会とは明らかに違う走りであったことはおわかりいただけるだろう。
上記の大会でのタイムを比較すると、
2000年のシドニー五輪では銅メダル相当。
2001年のエドモントン世界陸上では金メダル相当。
2003年の世界陸上パリ大会では金メダル相当。
2004年のアテネ五輪では金メダル相当。
2005年の世界陸上ヘルシンキでは金メダル相当。
とこれまでの大会でこのタイムを出せていればメダルはおろかほぼ金メダルが取れるようなタイムだったのだ。
ではなぜ2007年の大阪大会でこれほどのタイムを出しながらメダルを取れなかったのかというと、単純に世界のレベルがこのタイミングで飛躍的に上昇したからだ。
タイソンゲイやアサファパウエル、そしてウサインボルトが世界大会で活躍し始めたのがこの時期であった。
世界陸上大阪の金メダルはタイソンゲイやウォーレススピアーモンがいたアメリカ。
銀メダルはウサインボルト、アサファパウエルらがいたジャマイカ。
そしてクリスチャン・マルコム、クレイグ・ピカリング、マーロン・デボニッシュ、マーク・ルイス=フランシスを揃えた銅メダルのイギリスも強かった。
世界のレベルの向上により、またしてもメダルにはあと一歩届かなかったが、近い将来その壁は破れるだろうというたしかな予感を感じさせた大阪大会だった。
そしてその予感は翌年の北京五輪で現実のものとなる。
日本短距離陣を引っ張り続けてきた朝原宣治
先ほどシドニー五輪からのメンバーの移り変わりを書いてきたが、一人だけずっとメンバーで居続けている選手がいる。
常に日本チームのアンカーを務め続けてきた朝原宣治。
彼にとっても、そして彼にメダルを取らせてあげることが日本短距離陣の悲願と言ってよかった。
北京五輪当時、朝原は35歳。
現役の終わりが見えている年齢である。
彼は神戸出身で所属は大阪ガスということで、本来であれば前年の世界陸上大阪でメダルを獲得し、それを花道に引退ということを考えていたはずであろう。
しかしリレーでアジア新記録を出しながらもメダルが取れなかった。
もう1年北京五輪までやってみようと決意したことは当然の流れだったのかもしれない。
そして「朝原さんにメダルを」というのが北京五輪日本4×100リレーチームの合言葉になった。
決勝の直前に末續慎吾が実際にこの発言をし、そしてそれを実現させることとなる。
2008年北京五輪予選
2007年世界陸上大阪の翌年。
北京五輪でも前年と同じ塚原直貴、末續慎吾、高平慎士、朝原宣治というメンバーで臨むこととなる。
しかし世界のレベルもさらに上がっていた。
北京五輪といえばウサインボルトの才能が完全に開花し、100と200で驚異的な世界新記録を出した大会。
それにつられるように世界のレベルも上がっており、リレーの実力的にはジャマイカとアメリカが2強。
そして世界陸上大阪でアメリカ、ジャマイカに次ぐ銅メダルだったイギリスや100m銀メダルのリチャードトンプソンがいるトリニダードトバゴも強く、日本はブラジル、ナイジェリアあたりと5番手グループというくらいの位置づけであった。
正直戦力的にはメダル獲得は厳しいと思われていた。
しかし予選で日本にとって幸運な出来事が起こる。
なんとアメリカ、イギリス、ナイジェリアが立て続けにバトンを失敗して予選敗退。
これにより日本より明確に実力が上だろうというチームはジャマイカとトリニダードトバゴだけに。
ナイジェリアも失格したので、日本はブラジルとの争いに勝てれば銅メダルは取れそうだという状況になった。
2008年北京五輪決勝
そして迎えた決勝。
塚原直貴が抜群のスタートで先頭に近い位置で末續慎吾へ渡すと、末續慎吾もジャマイカとほぼ同じ位置で高平慎士へバトンを渡す。
3走ではウサインボルトの圧倒的な走りによって2位に落ちるものの、2位でアンカーの朝原宣治へ。
この時点でジャマイカは圧倒的にリード。
日本、トリニダードトバゴ、ブラジルの2位争いとなり、100m銀メダリストのリチャードトンプソンには抜かれてしまうが、ブラジルには抜かれずに3位を守り切った。
こうして日本は悲願であった4×100mリレーでのメダル獲得を成し遂げた。
その時のレース映像はこちら
朝原宣治の引退
北京五輪の翌月。朝原宣治は引退を表明。スーパー陸上をラストレースに選んだ。
このスーパー陸上では北京五輪リレーメンバーだった塚原直貴、末續慎吾、高平慎士、朝原宣治が出場。
つまりリレーメンバー4人による100mのガチンコレースである。まさに朝原の引退レースにふさわしい場が与えられたと言えよう。
そのレースで1位、2位は外国人選手に譲ったが朝原は3位に入り、塚原直貴、末續慎吾、高平慎士との直接対決を制した。
朝原宣治は引退するその日まで輝いていた。
その時のレース映像はこちら
レース後の引退セレモニーではウサインボルトも登場。
当時22歳だったボルトも「36歳までこの世界で現役を続けることは、私にはできないかもしれない」と話し、改めて朝原の息の長い現役生活に敬意を示した。
また、銅メダルメンバーの末續、塚原、高平、そして為末大、福島千里など陸上仲間が朝原を胴上げしてセレモニーの最後を締め括った。
そんな彼は今でも走り続けており、2018年に行われた世界マスターズ陸上競技選手権大会の4×100mリレーでは武井壮らとチームを組んで出場し、優勝している。
その後の日本4×100mリレー
2007大阪世界陸上、2008北京五輪での4×100mリレーチームは伝説的なメンバーだった。
その後、彼らの衰えと共に日本短距離陣はやや元気のない時代が続く。
しかし桐生祥秀や山縣亮太の台頭で再び新しい時代がやってきた。
2016年のリオ五輪。
山縣亮太、飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥というメンバーで銀メダルを獲得
2007年大阪世界陸上で出た38秒03というタイムを9年ぶりに更新した。
さらに2017年の世界陸上ロンドンでも多田修平、飯塚翔太、桐生祥秀、藤光謙司というメンバーで銅メダルを獲得
メダル獲得の常連となり、東京五輪でも金メダルを狙える戦力になってきた。
その礎を築いたのは紛れもなく歴史の壁を打ち破った北京五輪の4×100mリレーチームだろう。
最後に
今回は北京五輪ジャマイカチームの1走、ネスタカーターのドーピング違反が発覚し、10年の月日を経て銅メダルが銀メダルに繰り上がった。
しかし当時の感動は銅メダルの感動であり、今更銀メダルの感動に塗り替えられることはない。
もし北京五輪で日本がブラジルに負けていたとしたら本来銅メダルのはずだったのに4位となり、歴史の壁を打ち破ることはできなかっただろう。
あの時の感動が失われていれば、あの時のレースを見て育った世代が成し遂げたリオ五輪の銀メダルもなかったかもしれない。
もちろん当時4位のブラジルは今回の繰り上がりで銅メダルを手にすることになったが、失われた10年は戻ってこない。
ブラジルだって当時の時点で銅メダルを取れていれば、その後のブラジル短距離界の歴史は変わっていただろう。
ドーピングは多くの人の夢や人生を奪うことになる。
なのでドーピングは絶対に許してはいけないのだ。
今回の繰り上がりをきっかけに、当時のことを振り返ると共に、改めて反ドーピングを考える契機としたい。
そして東京五輪ではドーピングのないクリーンな大会になることを願っている。
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