日本代表W杯予選激闘の歴史5 2010年南アフリカW杯予選
これまでの日本代表のW杯予選の歴史を振り返るシリーズ。
第5回目は2010年南アフリカW杯アジア予選を振り返っていきます。
2006年ドイツW杯では期待されながらも1分2敗でグループリーグ敗退。
日本が再びW杯の決勝トーナメントを目指すために選ばれたのがジェフユナイテッド市原・千葉で実績を残していたイビチャ・オシムでした。
「考えて走るサッカー」をキーワードにチーム作りを進めていきましたが、任期途中に脳梗塞で倒れ、岡田武史が後任監督を引き継ぎました。
岡田監督はオシムのサッカーをベースに走れる選手をチームのベースに据えた上で中村俊輔や松井大輔などの違いを出せる選手を加えるというというチーム作りを進めていきました。
日本はアジア3次予選から出場。
3次予選ではバーレーン、オマーン、タイと同組となり、アウェーでバーレーンに敗れるという波乱はあったものの最終的には1位通過。
上位2国が最終予選に進めるため、日本とバーレーンが最終予選に進出し、最終予選でも同じ組になります。
またこの予選からオーストラリアがアジアに転籍してきました。
最終予選はオーストラリア、バーレーン、カタール、ウズベキスタンと同組になり、上位2カ国が出場というレギュレーションで行われました。
初戦はいきなり3次予選で敗れたバーレーンとのアウェー決戦。
この試合は3−0とリードして楽勝ムードでしたが、終盤立て続けに2失点して3−2と薄氷の勝利。
しかしアウェーでの初戦を勝利したことで予選の流れを掴むことができました。
2戦目はウズベキスタン相手にホームで引き分けだったものの、3戦目は今まで一度も勝ったことが無かったカタール相手のアウェー戦で3−0と圧勝。
その後ホームでのオーストラリア戦の引き分けを挟み、5戦目は2位浮上を目指すバーレーンとのホームで直接対決。
ここでエースの中村俊輔が決定的な直接FKを叩き込み、1−0で勝利して予選突破をほぼ確定させます。
そして6戦目のアウェー、ウズベキスタン戦で岡崎慎司のゴールにより1−0で勝利して、本大会出場を決めました。
この予選突破は開催国の南アフリカを除くと世界最速での出場決定となりました。
それでは今回の記事も最後にこの出場を決めた時に登録されていたメンバーの今を紹介して締めようと思います(2022年3月時点)。
楢崎正剛:JFAトレセンコーチに就任。名古屋グランパスの「クラブスペシャルフェロー」、「アカデミーダイレクター補佐」、「アカデミーGKコーチ」とも兼任。
都築龍太:2019年のさいたま市議会議員選挙でトップ当選し、自由民主党さいたま市議会議員団の団長に就任。
川島永嗣:フランス、リーグアンのRCストラスブールにて現役続行中。現在も日本代表に選出されている。
中澤佑二:解説者、タレント活動などで活躍中。また日本体育大学の女子ラクロス部で指導を行っている。
山口智:湘南ベルマーレの監督に就任。
田中マルクス闘莉王:生まれ故郷のブラジル・サンパウロ州で、牧場経営などの実業家として活躍中。
駒野友一:J3のFC今治で現役続行中。
今野泰幸:関東サッカーリーグ1部の南葛SCで現役続行中。
長友佑都:FC東京で現役続行中。現在も日本代表に選出されている。
槙野智章:ヴィッセル神戸で現役続行中。
内田篤人:Jリーグの特任理事に就任。シャルケのチームアンバサダーやテレビ朝日のスポーツキャスターとしても活躍中。
中村俊輔:J2の横浜FCで現役続行中。
橋本英郎:関西サッカーリーグ1部のおこしやす京都ACで選手兼ヘッドコーチとして現役続行中。
遠藤保仁:J2のジュビロ磐田で現役続行中。
中村憲剛:川崎フロンターレのリレーションズオーガナイザー(FRO)に就任。また日本サッカー協会のロールモデルコーチに就任し、U-17日本代表のコーチを担当。
松井大輔:J3のY.S.C.C.横浜とY.S.C.C.横浜フットサルに所属し、サッカーとフットサルの二刀流として現役続行中。
阿部勇樹:浦和レッズユースのコーチに就任。
長谷部誠:ドイツ、ブンデスリーガのフランクフルトで現役続行中。
香川真司:ベルギーリーグのシント=トロイデンVVで現役続行中。
本田圭佑:リトアニアリーグのスードゥヴァ・マリヤンポレで現役続行中。またカンボジア代表のGM・監督に就任。実業家としてもビジネスファンドを設立するなど活動中。
山田直輝:湘南ベルマーレで現役続行中。
玉田圭司:V?ファーレン長崎のアンバサダー及びアカデミーロールモデルコーチに就任。
大久保嘉人:2021年シーズンで現役を引退し、ゴルフに挑戦。ゴルフ番組に出演するなど活躍中。
矢野貴章:J2の栃木SCで現役続行中。
岡崎慎司:スペイン2部のFCカルタヘナで現役続行中。
興梠慎三:北海道コンサドーレ札幌で現役続行中。
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